技術資料
スーパーボンドの特性
スーパーボンドとは
スーパーボンドとは、拡散促進モノマーとして「4-META」、重合開始剤として「TBB」を採用したアクリルレジン系の歯科接着用レジンセメントで、文献には「4-META/MMA-TBBレジン」として紹介されているものです。
スーパーボンドシリーズの製品は、1982年発売の矯正歯科用接着材料「オルソマイト スーパーボンド」に始まり、一般歯科用接着材料として「スーパーボンドC&B」、「スーバーボンドC&Bセメンティングキット and V-プライマー」がそれぞれ、1983年、1994年に発売され臨床家の先生方から信頼性の高い材料としてご愛用いただいております。
その後、2000年6月、新しいポリマー粉末Lタイプの導入を機会に、スーパーボンドシリーズの構成を刷新いたしました。これにより、従来のスーパーボンドの特性を保持しながら操作性を改善いたしました。
そして2009年11月に新しいポリマー粉末「筆積クリア」・「混和ティースカラー」・「混和ラジオペーク」を導入し、さらに付属品を改良することで操作性を大幅に向上させました。また今までのセット構成を見直し、用途に合わせた「筆積セット」・「混和セット」、従来からの「C&Bセット」として再度リニューアルいたしました。なお、姉妹品として歯科用象牙質接着材「スーパーボンド Dライナーデュアル」、歯科用根管充填シーラー「スーパーボンド根充シーラー」がありますが、用途が異なるため、本資料には記載しておりません。
スーパーボンドの製品構成
スーパーボンドの各構成品の主要成分を示します。(※表参照)
スーパーボンドは、その主要構成品のモノマー液、ポリマー粉末およびキャタリストの混合物が重合硬化し、接着材料として機能します。
モノマー液はMMA(メチルメタクリレート)、ポリマー粉末はPMMA(ポリメチルメタクリレート、MMAの重合体)が主成分で、これらの成分は、基本的には常温重合レジンとして一般に使われているアクリルレジンと同じものです。しかしモノマー液中に含まれている拡散促進モノマーの「4-META」が、重合反応時にMMAと共に重合し、「共重合体」としてポリマー中に取り込まれていること、および「TBB」(キャタリストの主要成分)が重合開始剤として作用していることが、一般的な常温重合レジンと違うところです。
その他の構成品「表面処理材レッド」、「表面処理材 高粘度レッド」、「表面処理材グリーン」、「表面処理材 高粘度グリーン」、関連製品「V-プライマー」、「スーパーボンド PZプライマー」は、被着面である歯質、貴金属、陶材などの表面を改質するための前処理材です。
構成品 | 主要成分 | |
---|---|---|
モノマー液 | MMA+4-META | |
クイックモノマー液 | MMA+4-META+親水性多官能モノマー | |
ポリマー粉末 | クリア | PMMA |
アイボリー | PMMA+顔料 | |
ティースカラー | PMMA+顔料 | |
オペークアイボリー | PMMA+顔料 | |
オペークピンク | PMMA+顔料 | |
ラジオペーク | PMMA+顔料+X線造影材 | |
筆積クリア | PMMA | |
筆積F3 | PMMA+フッ化ナトリウム | |
混和ティースカラー | PMMA+顔料 | |
混和ラジオペーク | PMMA+顔料+X線造影材 | |
キャタリスト | TBB (部分酸化トリ-n-ブチルボラン) |
|
表面処理材 | レッド | リン酸 |
高粘度レッド | リン酸+増粘剤 | |
グリーン | クエン酸+塩化第二鉄 | |
高粘度グリーン | クエン酸+塩化第二鉄+増粘剤 |
関連製品 | 主要成分 |
---|---|
V-プライマー | VTD |
スーパーボンド PZプライマー | MMA+シラン化合物+4-META |
スーパーボンド硬化物の物性
スーパーボンドは、「接着性レジンセメント」に分類されています。レジン系のセメントは従来の無機系セメントとは組成が相違するため、スーパーボンドを含め「接着性レジンセメント」は操作性ばかりでなく硬化物の物性も無機系セメントとは異なります。
またスーパーボンドと同じ「接着性レジンセメント」に分類されている製品が数種ありますが、これらの製品のほとんどが、基本的成分として「Bis-GMA」に代表される「多官能性モノマー」とガラス粉末やシリカなどの「無機質フィラー」を組み合わせたもので、充填用コンポジットレジンと同種の組成になっております。したがって、これらの硬化物は、「多官能性モノマー」が重合して三次元構造となったレジンと固い「無機質フィラー」で構成されるため、硬さや圧縮、引張、曲げ強さは比較的高い値を示します。
一方、スーパーボンドの硬化物は、MMAが線状に重合したもので、ポリマー粉末を含め線状構造のレジンであり、顔料やX線造影材以外の「無機質フィラー」を含まないため、その硬さや曲げ強さはコンポジットレジン系の材料に比較し数値的には低い値を示し、「接着性レジンセメント」としては特異な存在の材料といえます。(※文献引用95-60)
引用した文献でスーパーボンドの圧縮強さや間接引張強さが測定不能となっているのは、スーパーボンドの硬化物はヤング率が低く、荷重を受けるとそれに追従して塑性変形し、明確な破断点や降伏点が認められなかったことによります。このような特性を示すことがスーパーボンドの硬化物の大きな特長で、これによりスーパーボンドは柔軟性と粘り強さを発揮し、補綴物に加わる衝撃に高い抵抗性を示します。(※文献引用86-1)
口腔内で実際の症例に使われた場合でも、動揺歯のレジン直接固定や欠損歯のレジン歯によるダイレクトボンドブリッジなどで有効に機能しています。(臨床応用例1-8,2-1,2-3,2-4,2-5)
次にスーパーボンドの吸水量と水に対する溶解量は他のレジンセメントと同等であり、また従来型のセメントと比較すると圧倒的に少ないことが判ります。(※文献引用95-60)
実際の臨床例においても、口腔内で10年以上経過したスーパーボンドの露出層を観察した結果、摩耗は多少認められるものの、レジンの劣化も変色も極めて少なかったことが報告されています。(※文献引用96-33)
文献引用95-60
(吉田圭一、舟木和紀、棚川美佳、松村英雄、田中卓男、熱田充:各種合着用セメントの諸性質,補綴誌39(1),35-40, 1995)
Cement | ヌープ硬さ (KHN) |
圧縮強さ (MPa) |
間接引張り強さ (MPa) |
曲げ強さ (MPa) |
---|---|---|---|---|
EC(リン酸亜鉛セメント) | 49.2 | 124.8 | 4.4 | 10.6 |
HC(カルボキシレートセメント) | 17.3 | 53.2 | 5.1 | 12.4 |
FB(グラスアイオノマーセメント) | 38.4 | 163.1 | 10.4 | 5.5 |
BR(レジンセメント) | 49.8 | 233.9 | 34.8 | 86.5 |
ID(レジンセメント) | 50.0 | 206.8 | 45.4 | 90.0 |
PE(レジンセメント) | 49.6 | 192.4 | 32.9 | 89.6 |
PT(レジンセメント) | 48.9 | 234.8 | 34.5 | 94.4 |
スーパーボンド | 8.9 | - | - | 58.3 |
-: 測定不能
文献引用86-1
(増原ら:フルセラミック・クラウンと支台の接着による補強効果,QDT 別冊:デンタルファインセラミックスの現状を探る,61-64,1986)
1.繰り返し衝撃試験機に試料を装着したところ。ハンマーで切端部を叩打する。
2.リン酸亜鉛セメントで合着したジャケットクラウンは容易に破断する。
3.セメント合着では数百回の衝撃で全例破壊される。レジン接着では数千回の衝撃でも全例破壊されない。
繰り返し衝撃強さ
文献引用95-60
(吉田圭一、舟木和紀、棚川美佳、松村英雄、田中卓男、熱田充:各種合着用セメントの諸性質,補綴誌39(1),35-40, 1995)
セメント | 吸水量* (μg/mm3) |
溶解量** (μg/mm3) |
---|---|---|
EC(リン酸亜鉛セメント) | 149.3 | 41.3 |
HC(カルボキシレートセメント) | 309.3 | 33.8 |
FB(グラスアイオノマーセメント) | 211.6 | 34.4 |
BR(レジンセメント) | 24.2 | 14.2 |
ID(レジンセメント) | 31.5 | 9.5 |
PE(レジンセメント) | 18.2 | 3.8 |
PT(レジンセメント) | 32.2 | 17.8 |
スーパーボンド | 31.2 | 12.1 |
- *
- JIS T6514 準拠
- **
- 水に対する溶解量 JIS T6514 準拠
文献引用96-33
(接着臨床研究会編:接着の臨床, p7, 1996)
再装着から1年10ヶ月が経過(1984年9月)浮き上がりによる約250μmの露出レジン層を認める。
再装着から11年1ヶ月経過(1993年12月)摩耗を認めるが、二次齲蝕の兆候はない。
拡散促進モノマー「4-META」
スーパーボンドのモノマー液には、モノマーの歯質内への拡散を促進させ、樹脂含浸歯質の生成を確実に行う原動力である「4-META」(4-Methacryloxyethyl trimellitate anhydride)が含有されています。
この「4-META」は1978年に東京医科歯科大学医用器材研究所の増原英一教授、中林宣男教授ら(当時)による一連の研究成果として生まれたものです。
このようなモノマーの拡散を促進する機能をもつ化合物(「拡散促進モノマー」)は、分子内に親水性基と疎水性基を持っています。
「拡散促進モノマー」の代表例を図1に示します。これらのモノマーは「MMA」モノマーと共重合体を作ります。
その中でも「4-META」は、歯質のみならず歯科用合金にも特異的に高い接着性を示すことが発見され、スーパーボンドに採用されました。
(竹山ら:歯科用即硬性レジンに関する研究(第17報)歯質及び歯科用合金に接着するレジン,歯理工誌,19(47),179-184,1978)
図1 拡散促進モノマー
1)Methacryloxyethyl phthalate<1967>
2)Hydroxy naphthoxypropyl methacrylate (HNPM) <1975>
3)Methacryloxyethyl phenyl phosphate (Phenyl-P) <1978>
4)4-methacryloxyethyl trimellitate anhydride (4-META) <1978>
5)4-methacryloxyethyl trimellitic acid (4-MET)
6)11-methacryloxy - 1,1 - undecane dicarbonic acid (MAC-10)
7)10-methacryloxydecamethylene phosphoric acid (MDP)
8)4-acryloxyethyl trimellitic acid (4-AET)
(参考)Methyl methacrylate(MMA)
重合開始剤「TBB」
スーパーボンドの重合開始剤には「TBB」が採用されています。この開始剤は「トリ-n-ブチルボラン」を部分酸化したものですが、1958年に増原英一教授、小嶋邦晴助教授(当時)らが、MMAの重合開始剤として「トリ-n-ブチルボラン」に着目し、MMAレジンと象牙棒の接着に用いたところ、湿潤した象牙棒に特異的に接着することが見出されたことが、この系の研究の始まりです。「トリ-n-ブチルボラン」は反応性が高く、酸素がホウ素原子に配位し過酸化物を生成することから重合が開始されます。まずブトキシラジカルが生成し、ついでブチルラジカルが二次的に生成し、このブチルラジカルがMMAの重合開始種となると考えられています。(※図1)
(佐藤恒之、日比野邦男、大津隆行、日本化学会誌,1080(1975))
図1 トリアルキルボランと酸素の反応によるラジカル生成機構
「トリ-n-ブチルボラン」は空気に接すると発煙発火しやすいという欠点があります。スーパーボンドに使用されている「TBB」は、この「トリ-n-ブチルボラン」を部分酸化することにより、重合開始活性を維持しつつ安定化させたものです。この部分酸化反応により「トリ-n-ブチルボラン」のブチル基の一つがブトキシ基に変わった「ブトキシブチルボラン」が主に生成していると考えられます。
(N.Nakabayashi et al.:Development of Adhesive Pit and Fissure Sealants Using a MMA Resin Initiated by a Tri-n-butyl Borane Derivative,J.Biomed Mater Res 12,149-165,1978)
「TBB」は少量の酸素や水が存在した方が重合速度が大きくなります。
(Y.Okamoto et al,Chemistry Letters,1247-1248,1998)
このことが完全乾燥の困難な臨床の場でスーパーボンドが安定した接着性を示す理由の一つと考えられています。
Q&A
「キャタリストV」をこぼした場合、発火する危険はあるのでしょうか?誤ってこぼした場合の処置法を教えてください。
「キャタリストV」は「トリ-n-ブチルボラン」を部分酸化して安定させておりますので、テーブルなどに誤って少量こぼしても、そのままでは発煙も発火もしません。但し、こぼれた「キャタリストV」を、乾燥したティッシュペーパー、ガーゼ、脱脂綿などで拭き取って放置すると、場合によっては発煙発火することがありますので十分ご注意願います。(容器は破損させないよう注意してお取り扱いください。)こぼれた「キャタリストV」は必ずガーゼなどを水で濡らして拭き取ってください。皮膚や衣類などに付着した場合は水洗してください。万一目に入った場合は、すぐに大量の流水で洗浄し、眼科医の診断を受けてください。
「キャタリストV」の保管方法はどうしたらよいのでしょうか?冷蔵庫に保管した方がよいのですか?
「キャタリストV」は、空気中の酸素と徐々に反応、分解して活性を失ってしまいます。(※図1)
したがって、使用後は漏洩を防ぐため、押しネジを2回転戻して内圧を解除した後、直ちにキャップを閉めてください。
また多湿、直射日光、火気、極端な温度変化を避け、室温(1℃~30℃)または冷蔵庫内(1℃~10℃)で保管してください。
容器記載の使用期限にご留意いただき、期限内にご使用願います。
スーパーボンドの硬化反応
スーパーボンドの操作法には、「筆積法」と「混和法」があります。
いずれの場合も「モノマー液(クイックモノマー液)」に「キャタリスト」を混合して「活性化液」をつくり、その「活性化液」と「ポリマー粉末」を混ぜ合わすことにより、モノマーの重合反応が加速され、硬化が進みます。
「混和法」でスーパーボンドを使用する場合、「活性化液」に「ポリマー粉末」を混和した直後は、流動性の高い「スラリー状」を呈します。時間と共に「ポリマー粉末」が徐々にモノマー液中に溶解して「ゾル状」、「糸引き状」、「餅状」と変化すると同時に重合反応が進行して硬化していきます。(「筆積法」の場合は、液に対する粉末の比率が比較的高く、筆積操作で粉/液を混合した直後から流動性はあまりありません。)この重合過程での性状変化は、アクリル系常温重合レジンの硬化と同じ現象で、従来の無機系セメントの硬化性状とは異なります。スーパーボンドを使いこなすためには、この点を念頭に置くことが重要です。(※図1)
図1 スーパーボンドの接着操作手順
(スーパーボンドの取扱い方法の詳細は添付文書及び取扱説明書を参照してください。)
スーパーボンドの接着機構
象牙質との接着機構
スーパーボンドは歯質(象牙質、エナメル質)、歯科用合金、歯科用陶材などに特異的な接着性能を発揮します。
その接着機構はそれぞれの被着体により異なります。そのため被着体の前処理方法や接着操作は、それぞれの被着体の接着機構にあわせて適切に選択実施する必要があります。以下にそれぞれの被着体別の接着機構を紹介します。
スーパーボンドは、象牙質に対し高い接着強さを示します。(※表1)特に完全な乾燥が困難な生活象牙質でも、安定した接着性と封鎖性を発揮するとの高い臨床評価を得ております。このような良好な象牙質接着性をスーパーボンドが発揮する機構として、接着界面の象牙質側に他の接着システムと比較して良質な「樹脂含浸象牙質」を形成することが確認されています。
(関連文献97-16,97-17 )
表1 歯質への接着強さ
表面処理 | 引張接着強さ (MPa) | |
---|---|---|
エナメル質 | 表面処理材レッド 表面処理材 高粘度レッド |
15 |
表面処理材グリーン 表面処理材 高粘度グリーン |
13 | |
象牙質 | 表面処理材グリーン 表面処理材 高粘度グリーン |
17 |
「表面処理材グリーン」または「表面処理材 高粘度グリーン」で切削象牙質面を処理すると、象牙質表面に存在したスメア層が溶解するとともに、象牙質の表層のヒドロキシアパタイト分が溶解除去され、脱灰象牙質が生じます。「表面処理材グリーン」または「表面処理材 高粘度グリーン」で脱灰されたヒドロキシアパタイトの量はリン酸処理と比べて少なく、また塩化第二鉄の効果により脱灰象牙質のコラーゲン成分の変性が少ないため乾燥させても脱灰象牙質の中にモノマーが染み込みやすい状態を保持するといわれています。(※図1)
この状態に処理された脱灰象牙質に、拡散促進モノマー「4-META」が働いて、スーパーボンドは良好な拡散性を示します。この拡散したモノマーに対して、「TBB」は酸素と水分の存在下で重合開始活性を発揮するため、通常の重合開始剤では硬化阻害要因となる酸素と水を含有した脱灰象牙質の中でも良好な硬化特性を示します。
以上の結果、象牙質表層に良質な象牙質とレジンが複合化した「樹脂含浸象牙質」が形成されることにより、スーパーボンドは強固な象牙質接着性を発揮します。
この「樹脂含浸象牙質」はこれまでの歯科材料では期待できなかった高機能を発揮します。すなわち「樹脂含浸象牙質」を形成することにより、象牙質表層部は耐酸性に改質され、塩酸等の酸による脱灰や次亜塩素酸ナトリウムによる分解に抵抗するため、象牙質を守るエナメル質のように外来刺激を阻止するバリアーとして機能し、微生物およびその産生物などが歯髄に到達することを阻止するとされています。(※関連文献95-49)
象牙質接着界面の象牙質側にスーパーボンドにより形成される「樹脂含浸象牙質」の存在は、東京医科歯科大学の中林宣男教授による象牙質にレジンを接着させる研究の中から見出され、1982年に発表されました。これは、これまで世の中に存在していなかった材料で、「歯科医が口腔内で作り出せる新しい機能性歯科材料」であるとされています。(※文献引用82-10)
スーパーボンドによる樹脂含浸象牙質は、実験室内ばかりでなく、実際の臨床と同じヒトの口腔内生活歯でも形成されていることが確認されています。(※文献引用92-8,95-49)
さらに生活歯髄の組織液の圧力に抗して、歯液(象牙細管内液)で満たされた象牙細管の中にもレジンタグが生成し、その象牙細管の周辺にも樹脂含浸層が形成されているという事実から、スーパーボンドは外来剌激を阻止する上で有効であることが裏づけられています。(※文献引用95-50,95-89)
文献引用 95-84
(D.H.Pashley et al: The Effects of Dentin Bonding Procedures on the Dentin/Pulp Complex, Proceedings of the International Conference on Dentin/Pulp Complex1995, 193-201, 1995)
象牙質接着におけるリン酸処理の影響(接着過程における象牙質マトリックスの変化)
(リン酸処理による脱灰象牙質のコラーゲン繊維の構造変化の模式図)
文献引用82-10
(中林宣男:接着界面の象牙質側に生威した樹脂含浸象牙質について、歯材器、(1)78-81,1982)
樹脂含浸象牙質の形成
スーパーボンド(A)と象牙質(DM)との間に形成された樹脂含浸象牙質(B)。表面処理材グリーンで処理された象牙質にスーパーボンドを接着後、界面に垂直に切断したSEM像。
DMは塩酸に溶けたが、(B)は耐酸性になっていると言える。レジンタグ(C)の表面は(A)と同じで、全く塩酸に冒されておらず、100%レジンであることがわかる。
文献引用 92-8 , 95-49
(N.Nakabayashi et al.:ldentification of a resin-dentin hybrid layer in vital human dentin created in vivo:durable bonding to vital dentin,Quint.lnt.23(2),135-141,1992)
(中林宣男:樹脂含浸象牙質の機能について,AD,13(1),8-13,1995)
ヒト生活歯に口腔内で生成した樹脂含浸象牙質
樹脂含浸象牙質は口腔内で生活歯象牙質とレジンが複合化された1~5μmの層状構造物であり、外来刺激を阻止するバリアーとして機能すること、分子量が大きな分子は樹脂含浸層を透過できないこと、すなわち口腔内微生物やその産生物が歯髄に到達することを完全に阻止する役割をもっているものと考えられる。
文献引用 95-50 , 95-89
(N.Nakabayashi et al:lntra-oral bonding of 4-META/MMA-TBB resin to human dentin. Am J of Dent,8(1),37-42,1995)
(中林宣男:歯髄/象牙質一今何がわかっていて、何が臨床に生かせるか 最終回/象牙質の複合的接着,ザ・クインテッセンス,14(6),167-174,1995)
ヒト生活象牙質(D)に生成した樹脂含浸象牙質(H)。タグ(T)は樹脂含浸層(H)によってとりかこまれている。歯液(象牙細管内液)の圧にさからって、モノマーは細管に入り、レジンタグを作る。同時にモノマーは管周象牙質の中にも拡散し、樹脂含浸層を形成する。
Q&A
他のレジン系接着材料やボンディング材の象牙質処理としてリン酸処理によるウェットボンディングやプライマー処理などがありますが、スーパーボンドとどう違うのですか?
リン酸を用いて切削象牙質を処理すると、象牙質表層のヒドロキシアパタイトが脱灰、溶解し、表層にコラーゲン繊維が主体の脱灰象牙層が露出します。この面を乾燥させると、この脱灰象牙質層は収縮するため、モノマーの拡散ができない層(収縮脱灰象牙質)が形成されるといわれています。ウェットボンディングは、脱灰象牙質層を水で濡れた状態に保って、層の収縮を回避しようというものです。またプライマーの使用は、収縮脱灰象牙質層の収縮を回復させ、モノマーの拡散を助けようというものです。(※文献引用95-84)
幸いスーパーボンドの場合、「表面処理材グリーン」「表面処理材 高粘度グリーン」による処理は、リン酸処理のような脱灰象牙質層の収縮現象は少ないこと、および拡散促進能が高いモノマー「4-META」を利用しているため、良質な樹脂含浸象牙質が得られやすいと報告されています。
他社製品の象牙質前処理法として、リン酸処理の後にゲル状の次亜塩素酸ナトリウム(ADゲル、(株)クラレ)で処理する方法がありますが、スーパーボンドの場合も「表面処理材グリーン」「表面処理材 高粘度グリーン」処理後に、ADゲルで処理した方がよいのですか?
接着強度向上を目的として、リン酸処理した後の象牙質面に対してADゲル処理する方法が、他のレジンセメントで推奨されていますが、この方法に準拠して「表面処理材グリーン」「表面処理材 高粘度グリーン」で処理した後、ADゲルで処理することは、スーパーボンドの接着強さを大幅に低下させますので、お止めください。
「表面処理材グリーン」「表面処理材 高粘度グリーン」での処理以前に、有機成分の溶解と消毒、滅菌、止血のため液状の次亜塩素酸ナトリウム(ネオクリーナー「セキネ」(ネオ製薬工業(株))など)を使用される場合がありますが、この処置もスーパーボンドによる接着には不利に働きますのでお奨めできません。臨床処置上どうしても必要な場合は、可能な限り短時間の処理(30秒以内)に留めてください。またこの用途にADゲルを使用するとさらに接着性を阻害しますので、使用は避けてください。
処理時間(秒) | スーパーボンドの引張接着強さ(MPa) | |
---|---|---|
AD ゲル | ネオクリーナー | |
0 | 17 | 17 |
15 | 5 | 16 |
30 | 2* | 13 |
60 | - | 6 |
[測定方法]
象牙質表面を次亜塩素酸ナトリウムで処理し、次いで表面処理材グリーンで処理した後、牛歯象牙質とアクリル棒を接着させ、37°C水中24hr浸漬後に測定。
*脱落も有
象牙質面を、次亜塩素酸ナトリウムで処理してしまいました。スーパ一ボンドの接着強さを回復する処理方法はあるのですか?
次亜塩素酸ナトリウムで処理した歯面に対し、歯面処理材「アクセル」を塗布・乾燥させてください。水洗だけでは取り除くことが困難な接着阻害因子を除去することが可能です。その後「表面処理材グリーン」または「表面処理材 高粘度グリーン」を塗布・水洗・乾燥してからスーパーボンドを適用します。
- 新規レジン系根管充填材料における各種前処理材の影響
日本歯科保存学会誌,49 Spring lssue,2006
エナメル質との接着機構
エナメル質表面は「表面処理材レッド」、「表面処理材 高粘度レッド」もしくは「表面処理材グリーン」、「表面処理材 高粘度グリーン」で脱灰処理を行うことにより、エナメル小柱とエナメル小柱間質の脱灰性の差により鱗片状の凹凸が生じ、エナメル小柱間に間隙ができます。エナメル質への拡散を促進する「4-META」を含むスーパーボンドは、これらの間隙に良く拡散して、「樹脂含浸エナメル質」を形成し、良好な接着性を発揮します。
この「樹脂含浸エナメル質」の形成により、矯正治療後のデボンディング(アタッチメントの搬去)を行った歯面にも齲蝕予防効果があるといわれています。また成分として無機系フィラーを含まないため、デボンディングが比軟的容易な材料といわれております。
各種拡散促進モノマーとエナメル質内に浸入硬化した、HClに不溶のタグ様物の長さの関係
(中林、三浦、増原ら:即時重合レジンに関する研究(第22報)-エナメル質と4META/MMA-TBB系レジンの接着について-,歯科理工学雑誌,23(61),88-92,1982)
歯科用金属との接着機構
スーパーボンドの歯科用金属との接着の方法には「金属表面の酸化被膜との接着」と「VTDによる接着」の2つがあります。以下にそれぞれの接着機構、適用範囲を説明します。
a.非貴金属合金との接着
スーパーボンドなど「4-META/MMA」系レジンは、Ni-Cr合金やCo-Cr合金などの歯科用非貴金属合金やステンレススチールに高い接着性を示すことが、「4-META」の研究・開発段階で発見されました。
この接着機構は、スーパーボンドに含まれた「4-META」の分子が、歯科用合金の表面の酸化被膜と反応して、4-METAの金属塩を作るためと理解されております。
Ni-Cr合金、Co-Cr合金、ステンレス、チタン合金、銀合金などの歯科用合金は、表面を50μmのアルミナサンドブラスト処理をするだけで、表面に酸化被膜が自然に形成され、スーパーボンドにより高い接着強さが得られます。
表1 歯科用合金との接着強さ
(中林、三浦、増原ら:即時重合レジンに関する研究(第22報)-エナメル質と4META/MMA-TBB系レジンの接着について-、歯科理工学雑誌,23(61),88-92,1985)
(熱サイクル1,000 回後)
表面処理 | 引張接着強さ (MPa) | |
---|---|---|
金合金Type IV | V-プライマー 400°C 5分 錫電析 |
28 25 23 |
金銀パラジウム合金 | V-プライマー 400°C 5分 錫電析 |
28 24 22 |
Ni-Cr 合金 Co-Cr 合金 硬化アマルガム |
サンドブラストのみ | 30 31 10 |
被着体及びステンレス棒は50μアルミナサンドブラスト処理
b.貴金属合金との接着
歯科用貴金属合金にスーパーボンドを接着させる方法として、「VTD」(6-(4-ビニルベンジル-n-プロピル)アミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール)の活用があります。
この物質は、硫黄を含むチオコールラバー印象材が金、銀、銅系貴金属合金によく接着することから、硫黄分としてSH基(メルカプト基)を有するモノマーの探索研究に基づき開発されたものです。
(小島ら:トリアジンジチオン誘導体モノマーを利用した貴金属の接着,歯科材料・器械,6(5),702-707,1987)
メルカプト基を有する化合物は、通常貯蔵安定性に問題がありますが、「VTD」は貯蔵安定性にすぐれています。その理由はこの化合物は「ジチオール型」と「ジチオン型」との互変異性体を形成しているためといわれています。
VTDの分子式
6-(4-ビニルベンジル-n-プロピル)アミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール(ジチオン)(ジチオール型とジチオン型の互変異性体)
歯科金属用接着材料「V-プライマー」は、この「VTD」を含有する溶液です。「V-プライマー」を塗布することにより、「VTD」のメルカプト基が歯科用貴金属合金と結合し、もうー方のビニル基の部分がスーパーボンドと結合することで、高い接着性と耐久性を示します。(※文献引用95-25,表1,図2)
図2 金銀パラジウム合金との接着耐久性
注)被着体:金銀パラジウム合金。表面50μmアルミナ:サンドブラスト処理し、V-プライマー他で前処理後、スーパーボンドで硬質レジンを接着
文献引用95-25
(松村英雄:接着歯学の疑問に答える,金属との接着,歯界展望 85(6),1395-1399,1995)
トリアジンチオール系接着性モノマーVTDの接着機構
陶材、各種ジルコニアとの接着機構
レジン系接着材料で陶材を接着する場合には、通常陶材面をシランカップリング剤で処理する方法が採用されています。
シランカップリング剤は一般的にR-Si-X3の構造をもつ化合物です。Xはメトキシ基(-OCH 3)などのアルコキシ基で、これを加水分解することによりシラノール基(Si-OH)になります。このシラノール基が陶材面に存在するシラノール基と水素結合や脱水縮合などの反応を起こして、安定なシロキサン結合(Si-O-Si)を形成して陶材表面に疎水性のR-の被膜を形成する働きをします。一方R-はアクリル系レジンと結合可能な有機官能グループ(たとえばH2C=C(CH3)C(=O)O-(CH2)3-など)で、レジン系接着材料と結合する働きをします。
スーパーボンド PZプライマーは、A、B2液を混合することにより、速やかにメトキシ基が加水分解するタイプのシランカップリング剤系プライマーです。新たに配合したリン酸エステル系モノマーにより、従来型のシランカップリング処理剤よりも素早く加水分解が起こり、陶材面に存在するシラノール基と反応します。また2液性のため保存安定性にも優れています。
混合液の塗布により生じたシランカップリング剤の被膜の上にスーパーボンドを適用することにより、シランカップリング剤の被膜と化学的に結合しながら硬化して、陶材との強固な結合が完成されます。(※図1、表1)
またスーパーボンドは、4-METAの存在で、シランカップリング剤が無効なアルミナやジルコニアに良好な接着を示すことが報告されていますが、さらに、新しく配合したリン酸エステル系モノマーにより金属酸化物の一種である各種ジルコニアと強固に接着するため、従来型のポーセレンプライマーよりも接着耐久性を向上させることができました。(※表2)
図1 スーパーボンド PZプライマーによる陶材との接着機構
1.スーパーボンド PZプライマーのA・B液の混合
- *
- 従来型のポーセレンプライマーでは、加水分解に時間がかかった。
2.陶材面への塗布
3.スーパーボンドとの結合
表1 スーパーボンド PZプライマー処理によるスーパーボンドの陶材に対する接着強さ
ポーセレン (♯600エメリー紙研磨面) |
プライマー | 接着強さ(MPa) |
---|---|---|
VITA VMK マスター (VITA) |
スーパーボンドPZプライマー | 16 |
IPS e-max Press (Ivoclar vivadent) |
スーパーボンドPZプライマー | 23 |
熱サイクル試験(耐久性試験):TC10,000回後
表2 スーパーボンド PZプライマー処理によるスーパーボンドのジルコニアに対する接着強さ
ジルコニア (♯600エメリー紙研磨後 サンドブラスト処理面) |
プライマー | 接着強さ(MPa) |
---|---|---|
Procera AllZircon (Nobel Biocare) |
スーパーボンドPZプライマー | 30 |
カタナ (クラレノリタケ) |
スーパーボンドPZプライマー | 25 |
Lava (3M ESPE) |
スーパーボンドPZプライマー | 25 |
熱サイクル試験(耐久性試験):TC10,000回後
スーパーボンドの生活象牙質への適用
樹脂含浸象牙質の機能
スーパーボンドにより象牙質接着界面の象牙質表層に形成される「樹脂含浸象牙質」は、その部分に、塩酸に溶けないが象牙質の構造をもっている層があることを顕微鏡観察で確認したことから存在が認識されました。さらにこの層はタンパク質であるコラーゲンを主成分とする脱灰象牙質とは異なることを証明するために行った研究の過程で、次亜塩素酸ナトリウムを用いてコラーゲンを除去する処理をしても、分解されずに残存していることが観察されています。(関連文献92-5)(※文献引用95-20)
この樹脂含浸象牙質は象牙質とレジンとの接着力発現に寄与するばかりでなく、エナメル質の欠損した象牙質表層に形成され、象牙質を保護するエナメル質の代わりをつとめる物質(人工工ナメル質)になりうるとの考えが報告されています。(関連文献85-1)
すなわち口腔内の微生物やその産生物が歯髄に到達することを防ぐバリアとしての役割を果たし、象牙質の治療後に惹起される術後疼痛の発生を防止する上で役立つと考えられます。(関連文献95-49)
このような機能を持つ層を露出した象牙質表層に形成して、生物学的シールを図ることこそ治癒への最善の道であり、接着の有効な使用法であるとの考えから、単なる接着界面における結合と区別して「超接着」と呼ぶことが提唱されています。(関連文献95-65)
文献引用 95-20
(中林宣男:樹脂含浸象牙質の機能について、AD13(1), 8-13, 1995)
<図-1>
表面処理材グリーン処理されたウシ抜去歯象牙質に、4-META/MMA、TBBレジンを盛り、接着界面に垂直に切断後、アルミナ研磨した面のSEM写真。
R:レジン
H:樹脂含浸象牙質
D:健全象牙質
<図-2>
図-1の試料を6N HCI(塩酸)に30秒浸漬し象牙質を脱灰した試料のSEM写真。
図-1の健全象牙質部分は脱灰されRやHより一段低く観察される。
Hは耐酸性であることを示す。
R:レジン
H:樹脂含浸象牙質
DD:脱灰象牙質
<図-3>
図-2に示した試料を1%NaOCI(次亜塩素酸ナトリウム)に10分間浸漬し、コラーゲンを分解除去した後のSEM写真。樹脂含浸象牙質はNaOCIにも分解されないで残留しており、象牙質より丈夫な構造物である。
R:レジン
H:樹脂含浸象牙質
DD:脱灰象牙質
(図-2ではコラーゲンの中に埋め込まれて観察できなかったタグ(T)が露出してきている)
(特別寄稿) 樹脂含浸象牙質の役割について
東京医科歯科大学 名誉教授 中林宣男
歯髄為害性は、モノマー等の低分子化合物が歯髄に投与された時、それの投与速度によっては現れる。そこで低分子化合物を大量に歯髄に触れさせれば歯髄は損傷を受ける。樹脂含浸層の作り方がわからなかった時代には、形成象牙質に常温重合レジンを盛り上げると、そのモノマーは象牙細管を伝わって歯髄に到達して歯髄を刺激すること、および細菌およびそれの産生物(歯髄にとって毒として働く)が歯髄に侵入し、モノマーと微生物の共同作業により歯髄壊死は惹起された。
スーパーボンドが歯髄に優しいといわれる原因は、樹脂含浸象牙質が象牙質表層に生成されることによる。すなわち微生物が歯髄内に侵入すること、あるいはモノマーと微生物産生物が歯髄に到達することを樹脂含浸象牙質が防ぐために歯髄が有毒な物質や外来刺激にさらされないことである。あたかも、樹脂含浸象牙質は歯髄を守る“温室”のような働きがあると言える。
しかしいくら“温室”の機能が優れていても使用者がきちんと“温室”を作ることかできるかが大切であり、歯科医師には樹脂含浸象牙質の作り方を十分マスターしていただく必要がある。
グリーンの液で適切に前処理された象牙質の上にスーパ一ボンドを置くと、スーパーボンドと象牙質の界面はなくなることを強調したい。すなわち、スーパーボンドの活性化されたモノマーは、象牙質の中に拡散し(染み込み)、そこで重合するため、接着界面(象牙質|レジン)はなくなり、界面はあたかもピンボケの写真のようになり、レジンが100%から0%まで連続的に変化する新しい層が生まれる。
スーパーボンドを象牙質の上で重合硬化すると、レジンを受けつけない象牙質がPMMAで被覆される。そのPMMAの上に修復物を接着して修復作業は終了することになる。象牙質とレジンの界面がなくなることは、マイクロリーケージが起こる部分がない、すなわちマイクロリーケージに起因する過去の術式にしばしば起こるいまわしいトラブルから解放されることになる。
動物を用いた検討
4-META/MMA-TBBレジンの歯髄に対する影響に関しては、東京歯科大学病理学下野正基教授らおよびアラバマ大学のC.F.Cox、鈴木司郎両教授らなどの研究報告があります。また歯根膜細胞に対しては、北海道大学保存学加藤熈教授らの研究報告があります。
a.細胞を用いた検討
L-929細胞を生着させたミリポアフィルターの上に、1混和直後、2混和後1分、3混和後5分、4混和後10分、5混和後60分および6完全硬化体の検体を置き、それによる細胞反応性を観察した。その結果、4-META/MMA-TBBレジンは経時的に細胞毒性の程度は確実に減弱し、混和後60分以降の検体では無毒性となった。(※文献引用92-20)
文献引用92-20 4-META/MMA-TBBレジンの細胞毒性
(諸星ら:歯髄保存療法に有効な4-META/MMA-TBB系接着系レジンーその2 細胞反応に関する実験的検索. AD、.10(3)、235-239、1992)
硬化反応時の細胞毒性に関する研突
4-META/MMA-TBBレジンではほとんど毒性が認められない。
スーパーボンドC&Bの場合
検体 | Score of 9 samples | Evaluation |
---|---|---|
直後 | 1 1 1 1 1 1 1 1 1 | 弱い細胞毒性 |
1 分 | 1 1 1 1 1 1 1 1 1 | 弱い細胞毒性 |
5 分 | 1 1 1 1 1 1 1 1 1 | 弱い細胞毒性 |
10分 | 1 1 1 1 1 1 1 1 1 | 弱い細胞毒性 |
60分 | 0 0 0 0 0 0 0 0 0 | 細胞毒性無 |
完全硬化体 | 0 0 0 0 0 0 0 0 0 | 細胞毒性無 |
評価はいすれも弱い細胞毒性であるが、経時的にその程度は確実に減弱している。一方、リン酸エステル/Bis-GMA系接着性レジンは練和後60分経過例においても中程度の細胞毒性を示していた。
b.細胞を用いた検討2
4-META/MMA-TBBレジンを塗布した培養皿に線維芽細胞をまいて4日間培養したところ、細胞は増殖こそしないものの、他の材料と異なり実験期間中に死滅することがなかった。(※文献引用91-13)
文献引用 91-13 4-META/MMA-TBBレジンの細胞増殖能試験
(下野ら:歯髄保存を可能にした接着性レジンの新たな臨床応用、補綴臨床別冊、接着歯学の最前線、27-32、 1991)
4-META/MMA-TBBレジンを塗布した培養皿に線維芽細胞をまいて4日間培養したところ、増殖こそしないものの、他の材料と異なり、実験期間中に死滅することがなかった。
c.ラットとイヌ歯髄を用いた検討
ラット上顎第一大臼歯の露髄面に4-META/MMA-TBBレジンを直接覆罩し、2週間後に屠殺して病理学的に検索した。その結果4-META/MMA-TBBレジンと歯髄界面には骨様象牙質およびデンチンブリッジが形成される可能性が示唆された。(関連文献91-13)
同様に、ビーグル犬の前歯および臼歯の露髄面に4-META/MMA-TBBレジンを直接覆髄し、1ヶ月後の歯髄の変化を検索したところ、歯髄には炎症性の変化はみられず、一部にはデンチンブリッジの形成が観察された。(関連文献93-16)
文献引用93-15
(井上ら:4-META/MMA-TBBレジンと歯髄反応について、日本歯内療法協会雑誌、14(1)、34-41、1993)
日数 | 症例数 | 象牙質橋 | 炎症性細胞 | 循環障害 | マクロファージ |
---|---|---|---|---|---|
0 ~30日 | 7 | 2 (28.6%) | 2 (28.6%) | 1 (14.3%) | 0 (0.0%) |
31~60日 | 15 | 7 (46.7%) | 0 (0.0%) | 4 (26.7%) | 3 (20.3%) |
60~ 294 日 | 9 | 5 (55.6%) | 0 (0.0%) | 0 (0.0%) | 4 (44.4%) |
4-META/MMA-TBBレジンで直接覆髄して、歯髄組織の変化を観察した。4-META/MMA-TBBレジンが直接歯髄に接している場合、両者の間に死腔の形成は1例もみられなかった。炎症性反応はすべての例で認められなかったが。1例にきわめて軽度の小円形細胞浸潤。また3例に血管拡張、充血および出血の循環障害が認められた。マクロファージの出現が主に60日以上の長期例に観察された。デンチンブリッジの形成は31症例中14例(長期例)に見られた。
d.サル生活象牙質を用いた検討
成猿のクラウン形成した生活象牙質をクエン酸10%一塩化第二鉄3%で処埋して、4-META接着システムでシーリングしたものを3~10日経過観察し、歯髄炎の症状がでていないことおよび水酸化カルシウムを適用した場合と同様な治癒経過を示すことが観察された。(関連文献94-20)
e.培養歯根膜細胞を用いた検討
ヒト培養歯根膜細胞のスーパーボンドへの付着・増殖はルートプレーニングした根面とほぼ同等で、比較した4種の接着性レジンセメ ントの中ではスーパーボンドが最も優れていた。(文献97-45)、(表4-1)
表4-1 レジン上表面への細胞付着増殖数
レジン上表面への細胞付着増殖数。
スーパーボンド、MEPP・NPDMA、 UDMA・TEGDMA には細胞が付着して経時的に増殖したが、Bis-PEDMA上には細胞がまったく付着、増殖しなかった(文献97-45)
f.ネコとイヌの歯根膜・歯槽骨を用いた検討
ネコの下顎臼歯の歯根を抜歯、垂直破折させて4種類のレジンセメントで接着後に再植、未脱灰研磨標本を作製して病理組織学的に検討した。その結果、スーパーボンドで接着した歯根の歯根吸収や骨吸収は4種類レジンセメントの中で最も少なく、破折させずに再植のみ
を行ったコントロールと同程度であったが、他の3種のレジンセメントでは根吸収や骨吸収が広範囲に認められた。(文献97-46)
さらに、イヌの歯根を垂直破折して抜歯、スーパーボンドで接着して再植し、脱灰薄切標本を作製して病理組織学的に評価した。その結果、スーパーボンド表面には炎症のない歯根膜が接しており、ポケットの形成もなかった。(文献02-05)
一方、破折間隙が広くなってスーパーボンドの幅が広くなった場合にポケットが形成されやすくなるのかを解明するために、フラップを形成して歯根を露出させ、根面に幅を変えてスーパーボンドを充填し、ポケット上皮の位置とスーパーボンドの幅との関係を病理組織学的に評価した。その結果、スーパーボンドの幅が狭ければ結合組織がスーパーボンドに接しポケットが生じることはなかったが、幅が広くなるとポケット上皮が下方増殖しやすくなった。(文献05-28)
文献引用97-46、02-05、05-28
歯根を垂直破折させてスーパーボンドで接着、再植し4週後。
根吸収や骨吸収なくほぼ正常な歯周組織であった。
歯根を垂直破折させてスーパーボンドで接着、再植し2週後。
スーパーボンドに接した歯根膜に炎症はなかった。
接着再植4週後の歯根吸収率。
スーパーボンドで接着した歯根は、破折せずに再植のみを行ったコントロールと有意差がなかった。
歯根に1mm幅でスーパーボンドを充填し4週後。
スーパーボンドに接する部位のみポケット上皮の増殖がみられた。
g.ネコとイヌの歯根膜・歯槽骨を用いた検討2
ネコの下顎臼歯を抜髄、髄床底を穿孔して、スーパーボンドで封鎖する際に活性化液を塗付することの影響を病理組織学的に検討した。その結果、活性化液を穿孔部に塗付せずに通常の方法で筆積法により封鎖した場合は、歯根膜の炎症や歯槽骨吸収はきわめて軽度で、 歯根表面にわずかに生じた根吸収はセメント質で修復されていた。しかし、活性化液を穿孔部に塗布してから筆積法により封鎖した場合 や封鎖しない場合は、歯根膜にはリンパ球を中心とした炎症が生じ、歯根表面には破歯細胞が出現して、歯根吸収や歯槽骨吸収がみられた。(文献00-11)
文献引用 00-11
髄床底穿孔部を封鎖し4週後。
1スーパーボンドで通常に封鎖した場合は炎症や根吸収がなかったが、
2活性化液を穿孔部に塗布してからスーパーボンドで封鎖すると広範囲に炎症や根吸収が生じた。
穿孔部への活性化液塗付と炎症性細胞浸潤面積。活性化液を塗布せずにスーパーボンドで封鎖すれば炎症はほとんど生じない。
h.血液を用いた検討
スーパーボンドが血液に触れた状態で硬化しても生体親和性が優れているのかを明らかにするため、次の3条件で硬化させてラット結 合組織内に移植し、病理組織学的に炎症状態を検討した。A:空気に開放して硬化させる。B:空気に開放して硬化後に表面を一層研磨する。 C:活性化液とポリマー粉末を混和後ただちに結合組織内に移植して血液に覆われた状態で硬化させる。その結果、Cが最も炎症が少なく、 硬化時にスーパーボンド表面は空気より血液に覆われていた方が生体親和性は高くなった。(文献03-12)
文献引用03-12
スーパーボンド硬化時の血液浸潤と炎症。
A:空気に開放して硬化。B:空気に開放して硬化後に表面を研磨。C:結合組織内で血液に覆われた状態で硬化。Cが最も炎症がない。
i.イヌ臼歯を用いた検討
イヌの臼歯を抜髄、根管内を細菌感染させて根尖病巣を誘発、抜歯して根尖部を切除、切除面をすべてスーパーボンドで被覆して根管
が汚染したままの状態で再植した。4,8週後に未脱灰研磨標本で病理組織学的に検討した。その結果、スーパーボンドでroot-end sealingした場合が最も良好な治癒状態で、スーパーボンドに近接した位置まで骨が再生した。(文献04-26)
一方、イヌの臼歯を抜髄、根管内を細菌感染させて根尖病巣を誘発、根管が汚染したまま根尖切除術を行いスーパーボンドでroot-end sealingして病理組織学的に評価した。その結果、炎症は消失して骨がスーパーボンドに近接した位置まで再生し、14週後だけでなく48週経過後も良好な治癒状態が維持されていた。(文献08-04、11-05)
再植後の根尖部骨吸収面積。
スーパーボンドでroot-end sealingを行なった場合が、最も治癒が良かった。
根尖切除術でroot-end sealingし4週後。
根管が汚染したまま根尖切除術を行ってスーパーボンドでroot-end sealingした場合、根尖病巣は治癒し、48週後も歯槽骨はスーパーボンドに近接していた。
生活象牙質への臨床応用
スーパーボンドを生活象牙質に直接適用した場合の臨床実績に関する報告は、多数発表されています。(関連文献88-2,89-7)
これらの試みは、「レジンは歯髄損傷の元凶である。」との認識が一般的な中で、唐突に実施された訳でなく、長い臨床経験の中で段階的に進められたことが報告されています。(※文献引用91-15)
文献引用91-15
(眞坂ら:スーパーボンドの歯髄安全性、評論, 586,1-3,1991)
4META/MMA-TBB・0接着性レジンの歯髄に対する安全性は臨床経過観察により確認された。
1980~ | 生活象牙質面はセメント裏装、エナメル質窩洞を原則 |
1983~ | 生活歯支台の象牙質面はパルフィークライナーで保護 |
1987~ | 接着アマルガムにより4-META系レジンの安全性を確認 |
1988~ | 生活歯支台の象牙質面に4-META系レジンで直接接着 |
1989~ | 露髄歯に直接歯髄覆罩、術後疼痛なく経過良好 |
最近では、[歯髄一象牙質複合体]に対する認識の高まりから、先生方のご関心は「露髄歯の処置法」よりむしろ「露出象牙質の処理法」に移行しつつあるようです。
すなわち深部カリエスの対処法として露髄の恐れのある場合は、露髄の危険を犯してまで感染象牙質を完全に除去するよりも、感染象牙質の除去は露髄しない範囲に留め、抗菌剤による待機的治療法を行うなど「露髄させない対処法」が提案されています。(関連文献 97-27,97-44)
さらに保存修復において齲蝕の治療と修復処置とを別の概念としてとらえ、接着性レジンの意義は、樹脂含浸層の形成により露出した象牙質面を外界からの剌激から遮斯する擬似的な上皮の役割を果たすことにあるとして、単なる接着と区別して「超接着」と呼ぶことが提案されています。
すなわち、従来の修復法を実施する前に、齲蝕治療としてのスーパーボンドの象牙質コーティングによる樹脂含浸層を形成する術式を導入すべきとされています。(関連文献92-14,95-7,95-65,97-4)
以上のように、スーパーボンドは比較的安全性が高い成分で構成されていることと併せて、良質な樹脂含浸層を形成できることが、長年にわたる臨床家の先生方のご経験からくる信頼感と合致して、スーパーボンドを生活象牙質へ適用した場合の有用性に対する高い評価につながっているものと考えられます。
スーパーボンドを使いこなすための要点
被着面処理
スーパーボンドの性能を十分発揮させるためには、接着する前の披着面を適正な方法で処理する必要があります。以下にその要点を示します。
a.歯面処理
歯面清掃
まず表面に付着した汚れ、歯垢、歯石、食物残渣などを通法により除去、清掃します。その際フッ素入りの研磨材やユージノール系薬剤などは、接着材料の硬化を阻害する因子となるといわれていますので、使用を控えるか、使用した場合は、使用後に歯面に残さないよう十分に清掃、除去してください。仮封材はユージノール系、非ユージノール系、HY材系ともスーパーボンドの接着強さにあまり影響しないとの報告もありますが、使用後の仮封材は完全に除去し、指定の除去材、アルコール綿球、湿綿球などでていねいに拭き取ることをおすすめします。
齲窩や根管の清掃、消毒、止血などの目的で、ネオクリーナーなどの次亜塩素酸ナトリウム含有の根管清掃材を使用される場合がありますが、長時間の処理はスーバーボンドの接着強さ低下の原因になりますので、可能な限り短時間(30秒以内)に留めてください。この目的でADゲルは使用しないでください。短時間の処理でも著しくスーパーボンドの接着性能を阻害します。次亜塩素酸ナトリウムの影響を取り除く方法としては、アクセルの塗布・乾燥が必須です。
汚染防止、乾燥
被着面は適正な被着面処理を行った後、乾燥状態に保ち、手指の油分、水、呼気、唾液、血液などに触れないようにしてください。手袋の使用をおすすめします。口腔内の被着面汚染防止にはラバーダムの使用が最適です。
表面処理材の適用
清掃後の歯面は、「表面処理材レッド」、「表面処理材 高粘度レッド」または「表面処理材グリーン」、「表面処理材 高粘度グリーン」で処理します。象牙質面は必ず「表面処理材グリーン」、「表面処理材 高粘度グリーン」で、エナメル質面は状況に応じて表面処理材を使い分けます。いずれにしても、処理時間不足では表面処理の効果が発揮されないのは当然ですが、過度の処理も過脱灰による歯質本体の脆弱化や変質を招いたり、4-META/MMA-TBBレジンの拡散能以上に脱灰してしまう懸念がありますので、表1に示す適正処理時間を守ることが重要です。処理した後は直ちに、十分に水洗し、酸分を残さないようにしてください。「表面処理材グリーン」、「表面処理材 高粘度グリーン」処理した後の次亜塩素酸ナトリウムによる処理は禁忌です。
表1 エナメル質と象牙質の適正処理時間
表面処理材グリーン 表面処理材 高粘度グリーン |
表面処理材レッド 表面処理材 高粘度レッド |
|
---|---|---|
エナメル質 | 30~60秒 | 30秒 |
象牙質 | 5~10秒 | - |
Q&A
スーパーボンドは水分を含有した象牙質面から優先的に重合を開始すると聞きましたが、被着面は少し濡らしておいた方がよいのですか?
いいえ。スーパーボンドの被着面は臨床上は出来るだけ乾燥させるつもりで操作してください。それでも、象牙質表面は完全には乾燥されず、微量の水分が残ります。他のレジン系接着材料で、ウェットボンディングを提唱しているものもありますが、そこで推奨している湿潤状態とは全く異なります。スーパーボンドの場合、意識的には湿潤させないでください。
表面処理材グリーン(表面処理材 高粘度グリーン)で処理した歯面を睡液で汚染させてしまいました。どのように処置したらよいのでしょうか?
汚染された窩洞は、そのまま乾燥させると接着強さがやや低下します。水で唾液を十分に洗い流した後乾燥してください。象牙質面の表面処理材グリーンでの再処理はかえって接着強さを低下させます。(関連文献92-3)
サホライドの歯面塗布は接着を阻害しますか?
サホライド((株)ビーブランド・メディコ・デンタル)はフッ化ジアミン銀の商品名で、齲蝕の予防や抑制、象牙質知覚過敏症の治療薬として臨床応用されています。フッ素によるフルオロアパタイトの形成とタンパク銀の形成により象牙質コラーゲンを凝固、固定することにより、かえって接着強さの向上に効果があるとされており、接着の阻害作用はないと報告されています。(関連文献94-10,91-11)
エナメル質の表面処理材として、「レッド」と「グリーン」の使い分けは?
リン酸系の表面処理材(「レッド」および「高粘度レッド」)も、クエン酸系の表面処理材(「グリーン」および「高粘度グリーン」)も、エナメル質の脱灰効果がありますので、適正な処理時間を守ればどちらもエナメル質の前処理材として有効です。しかし、リン酸の方が強酸のため強い脱灰効果があり歯面切削を行っていないエナメル質、特にフッ素強化されているエナメル質には、リン酸系の「レッド」または「高粘度レッド」をお奨めします。切削エナメル質面、特に窩洞面などで象牙質と混在している面では、「グリーン」または「高粘度グリーン」をお奨めします。
スーパーボンドの取扱い
a.被着面への活性化液の塗布
スーパーボンドの接着性能を十分発揮させるためには、適切に前処理された被着面にスーパーボンドを良く馴染ませることが必要です。筆積法(後述)で使用する場合には、スーパーボンドを被着面に塗布する前に、活性化液 ※ をあらかじめ一層塗布することが有効です。
- ※
- モノマー液(クイックモノマー液)にキャタリストを混合したもの
b.取扱いの基本
スーパーボンドの取扱いの基本は、「活性化液」の活性がある間(5分以内)に粉/液(ポリマー粉末/活性化液:以下粉/液と略す。)混合物を作り、その重合反応が進行しない間に被着体に適用、被着体を接合し、硬化が完了するまで保持することです。したがって、被着面の前処理、使用する材料、器具類の準備などが全て完了した後、スーパーボンドを調製し、直ちに接着操作を実施、完了させることが肝要です。
c.操作法の選択
スーパーボンドの基本的操作法としては、筆積法、混和法の2法があります。
筆積法は比較的狭い被着面数カ所に逐次的に適用するのに適しています。調製した活性化液を十分に含ませた筆先をポリマー粉末に接触させることにより、筆先で粉末と液を混合させ、筆先に接着材の玉を作ります。
したがって、ダッペンディッシュ中の活性化液にポリマー粉末を混合しませんので、活性化液の活性が持続する約5分間の間に繰り返し筆積み操作が行えます。また筆積法で筆先に作られる“玉”の粉/液比は混和法より高いため、硬化時間は比較的早く37°Cで(クイックモノマー)5~7分、(モノマー)10~11分です。
混和法は筆積法では対応し難い比較的広い被着面にスーパーボンドを適用する方法です。調製された活性化液にポリマー粉末を混和します。粉末を混和すると混和泥全体が硬化反応を開始しますので、調製した混和泥はすばやく使用してしまうことが肝要です。操作時間を確保し、補綴物の浮き上がりを防止するため、混和泥の標準粉/液比は筆積法の場合より低めに設定されています。従って、硬化時間は筆積法より遅くなります。
それぞれの操作法における具体的留意事項を以下に列記します。操作手順の詳細は取扱説明書に従ってください。
筆積法
- 清浄なダッペンディッシュを準備します。ダッペンディッシュを冷却する必要はありません。
*ダッペンディッシュを他の材料と共用しないでください。重合阻害、着色などの原因になる場合があります。 - ポリマー粉末は操作の都度、新しいものを採取、使用するようにしてください。残ったポリマー粉末を容器に戻すのは禁忌です。
*筆積操作で、筆の液成分がポリマー粉末に移行している恐れがあります。 - キャタリストを長期間使用しなかった場合、最初の1滴は活性が低下していることがあります。その懸念がある場合は、2滴目からご使用ください。
- 活性化液の標準混合比はモノマー液/キャタリスト=4滴/1滴ですが、硬化速度を早めるため3滴/1滴でご使用の先生もいらっしゃいます。硬化反応上、接着性など特に問題はありません。
- 調製した活性化液は、空気中の酸素と反応して徐々に分解して活性が低下していきます。5分以内を目処に出来るだけ早めに使用してください。*活性化液が不足して、追加調製が必要になった場合は、古い残余活性化液は拭き取って、新しく活性化液を再調製してください。
- 筆積み操作をする筆は、毛先のそろったディスポチップ筆積用を使用してください。繰り返して筆積操作を行う場合は、筆先に残ったレジンをガーゼなどでよく拭き取ってから液に浸すようにしてください。
混和法
- 通常タイプのポリマー粉末を使用する場合は、ダッペンディッシュは必ず冷蔵庫で冷却して、使用直前に取り出して使用してください。可使時間の延長に有効です。ダッペンディッシュは12~16°Cに冷却して使用することを推奨します。混和専用粉末ではダッペンディッシュを冷却しなくても常温(25°C以下)で使用できます。(操作時間を延長したい場合はダッペンディッシュの冷却も有効です。)
*冷蔵庫から取り出した直後は10°C以下に冷却されているため、表面に結露を生じる場合があります。その場合は、使用前にダッペンディッシュの穴をエアーシリンジのエアーを吹き付けるか、ティッシュなどで拭いて、乾燥してください。
*さらに操作環境を改善するためには、ミキシングステーションの使用をお奨めします。結露の生じにくい低温環境を長時間保ちます。 - 活性化液は、使用直前に調製し、直ちに使用します。
- キャタリストを長期間使用しなかった場合、最初の1滴は活性が低下していることがあります。その懸念がある場合は、2滴目からご使用ください。
- ポリマー粉末の選択
混和法の場合、使用するポリマー粉末は、可使時間の長い混和専用粉末を推奨します。
(混和専用粉末使用時の考慮点)
*可使時間が十分ありますので、通常は粉末量を減量する必要はありません。計量スプーンStandardを使用して計量してください。
(ノーマルタイプ粉末使用時の考慮点)
* ノーマルタイプ粉末を使用する場合は、必ずダッペンディッシュを(陶器)を冷却して使用してください。また、粉末を減量して可使時間の延長を図る場合は、standardの3/4量を計量する「計量スプーンsmall」をご利用ください。 - ダッペンディッシュ中の活性化液とポリマー粉末は、付属のディスポチップ混和(青)で軽く混和し、全体が均一になったら、その筆で混和泥をすくい取って接着面にすばやく塗布します。
*練和はしないでください。手早く混和し、混和泥がサラサラなうちに使用します。混和後時間が経過すると、混和泥は「糸引き」するようになり、この状態で使用すると操作性が悪く、補綴物の浮き上がりの原因になります。また良質な樹脂含浸層の形成も期待できません。
d.粉/液比の影響
スーパーボンドは、混和時のポリマー粉末の量を減らしても、標準の1/2までならば接着強さにあまり影響がありません。したがって適宜ポリマー粉末量を加減して、状況に応じた操作時間を確保することが可能です。ただし、ポリマー粉末量を減らした場合硬化時間も長くなりますので、ご注意願います。(※表1)
表1 ポリマー粉末混和比が可使時間、硬化時間、接着強さに及ぼす影響
ポリマー粉末 | モノマー液(滴) | キャタリスト(滴) | 16°Cでの可使時間(秒)*1 | 30°Cでの硬化時間(分)*2 | 37°Cでの硬化時間(分)*3 | 引張接着強さ(MPa) | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
種類 | 量 標準1カップ |
金パラ合金*4 | 象牙質*5 | |||||
クリア | 1 | 4 | 1 | 70 | 8 | 7.5 | 28 | 16 |
3/4 | 4 | 1 | 180 | 17 | 14.5 | 27 | 18 | |
1/2 | 4 | 1 | 230 | 40 | 32 | 25 | 16 | |
1/4 | 4 | 1 | 450 | 60以上 | 46 | 9 | 10 |
- *1
- 冷却ダッペングラス内(16°C)での可使時間
- *2
- 口腔内の歯牙表面の代表温度、30°C恒温槽内で探針が刺さらなくなるまでの時間
- *3
- 37°C恒温槽内で、探針が刺さらなくなるまでの時間
- *4
- #2000研磨(鏡面)、V-プライマー適用、熱サイクル2,000回後
- *5
- 象牙質とアクリル棒の接着強さ(37°C水中浸漬24Hr)
e.モノマー液/キャタリスト比の影響
モノマー液(クイックモノマー液)/キャタリスト(キャタリストV)の比率は、標準は4滴/1滴ですが、この比率を変えてもスーパーボンドは硬化します。比率を変えて、硬化時間と接着強さに対する影響を調べた結果を 表2 に示します。モノマー液(クイックモノマー液)の比率が大きくなるほど硬化時間は遅くなりますが、象牙質および金パラ合金に対する接着強さは、2/1~6/1の範囲内では大きな影響はないと判断されます。実際の臨床でも、矯正のダイレクトボンディングにおいて、多くの先生方が3/1で問題なく使用されています。前項に説明した粉/液比とともに、臨床におけるニーズにあわせて、モノマー液(クイックモノマー液)/キャタリスト(キャタリストV)比を調節して使用することは、接着性能上問題はないと思われます。
表2 モノマー液/キャタリスト比率の影響
モノマー液(滴)/キャタリスト(滴) | 27°Cでの引張強さ(MPa) 硬化時間*1 |
引張強さ(MPa) | |
---|---|---|---|
金パラ合金*2 | 牛歯象牙質*3 | ||
2 / 1 | 6分 | 20 | 14 |
3 / 1 | 6分30秒 | 22 | 15 |
4 / 1 | 7分40秒 | 26 | 16 |
5 / 1 | 8分30秒 | 27 | 17 |
6 / 1 | 9分20秒 | 19 | 14 |
(ポリマー粉末クリア使用)
- *1
- 筆積法
- *2
- #2000研磨(鏡面)、V-プライマー適用、熱サイクル2,000回後
- *3
- 表面処理材グリーン10秒処理(37°C水中浸漬24Hr)
f.温度の影響
粉/液比やモノマー液/キャタリスト比と同様に、可使時間と硬化時間に影響を及ぼす因子として「温度」があります。同じ粉/液比の混和泥は、操作する温度条件が低ければ低いほど糸引きを開始するまでの時間が延長されます。ダッペンディッシュの冷却だけでなく、ミキシングステーションを使用し周囲の雰囲気温度も下げる方法も提案されています。(関連文献94-9,97-14,96-32)(※図1)
図1温度が可使時間に及ぼす影響
g.ポリマー粉末の使い分け
スーパーボンドのポリマー粉末としては、ノーマルタイプのクリア(3g)、ティースカラー(3g)、アイボリー(3g)、オペークアイボリー(3g)、オペークピンク(3g)、ラジオペーク(5g)、筆積専用の筆積クリア(3g)、筆積F3(3g)、混和専用の混和ティースカラー(3g)、混和ラジオペーク(5g)の10種類があり、セットに組み込まれているものも含めて全て単品で入手可能です。(1.スーパーボンドとは参照)
いずれの粉末もベースはPMMAの微粉末ですが、クリア以外には着色あるいはX線造影性を付与するために顔料などの添加物を配合しているため、若干性状が異なります。これらのポリマー粉末による可使時間と硬化時間の関係を示します。これらの物性の違い、色、遮蔽効果の違いなど特長を考慮して症例により使い分けてください。ご参考までに一般的な選択基準を以下に示します。(図2、3)
グラフ
図2 混和法の操作時間
- ※
- 上記のポリマー粉末を使用する場合は、冷却したダッペンディッシュ(陶器)をご使用ください。
- ※
- 16°Cではモノマー液、クイックモノマー液で、操作時間に違いはありません。
図3 混和法の硬化時間
ポリマー粉末のラインナップ
1.クリア
顔料を全く含まないPMMA微粉末。硬化物は半透明で目立たないので、矯正用ブラケット類の接着、陶材破折の補修、レジン直接固定、1,2歯欠損のレジン歯などによるダイレクトボンドブリッジなど、主に筆積法で使用する用途に使われます。
2.アイボリー
クリア粉末に若干の顔料を添加してアイボリー色に着色したもの。硬化物はやや透過性のあるアイボリー色でオペーク効果はほとんどありません。アイボリー色の必要な補綴物補修、オペーク色でない方が審美的な場合の補綴物の装着などに使われます。
3.ティースカラー
アイボリーを改良し、より審美性の高い歯冠色に着色したもの。ビタシェードのA3に近い色調で、陶材や硬質レジンの補綴物の装着、陶材破折の補修、レジン直接固定、小窩洞の充填など幅広い応用が考えられます。
4.オペークアイボリー
特殊な顔料を使い硬化特性、操作性を損なわずにオペーク効果を高めたもの。硬化物はオペーク性のあるアイボリー色で、接着ブリッジなどで金属色が反映して歯質の色が黒ずむのを防止します。クリアと比較し糸引きまでの時間がやや長く、余剰レジンの識別も容易です。
5.オペークピンク
オペークアイボリーに薄いピンク色を加味したもの。義歯床の補修用として用意しましたが、オペークアイボリーと同じ用途に使用した場合、ピンク色が歯質に反映して仕上がりが明るく、かえって天然感があるとの評価もあります。また義歯への磁性アタッチメントの装着にはこのポリマー粉末が適しています。
6.ラジオペーク
X線造影性の添加物を配合することにより、スーパーボンドのポリマー粉末にX線造影性を付与したもの。標準混合比の混和法で使用した場合、エナメル質と同程度のX線造影性を示します。(※表3、文献引用 96-64)
表3 スーパーボンドのX線造影性
ポリマー粉末量 | X線造影性*1(%) | ||
---|---|---|---|
ポリマー粉末 ラジオペーク |
混和法 | 1.0*2 | 210 |
0.75*3 | 160 | ||
筆積法 | 330 | ||
ポリマー粉末 混和ラジオペーク |
混和法 | 1.0*2 | 210 |
1.2*4 | 260 | ||
筆積法 | - | ||
エナメル質 | 180 | ||
象牙質 | 120 |
- *1
- 金属アルミニウムのX線造影性を100%とした場合の値(測定法:ISO4049 準拠)
- *2
- 計量スプーンStandardの小カップ
- *3
- 計量スプーンSmallの小カップ
- *4
- 計量スプーンLargeの小カップ
文献引用 96-64
(中村光夫,松村英雄:形成時の象牙質露出による知覚過敏症を接着性レジンで抑制は可能か,日本歯科評論,642,125-137,1996)
- 厚さ1mmのヒト小臼歯
- スーパーボンド ラジオペーク
- フォトクリアフィルA
- 厚さ1~6mmのアルミニウム板
スーパーボンド ラジオぺークは、エナメル質よりも不透過性が大であり、窩底部に応用しても健全象牙質や齲蝕病巣との鑑別は十分可能であると思われる。
筆積専用タイプ
7.筆積クリア
粉末の形状を整えることで液なじみをコントロールし、より多くのポリマーを採取できるように改良しました。「筆積セット」に組み込まれています。
8.筆積F3
粉末の粒径を整えることで液なじみをコントロールし、より多くのポリマーを採取できるように改良しました。
また、フッ化ナトリウムを配合したことで、フッ素徐放性があります。
混和専用タイプ
9.混和ティースカラー
粉末の粒径を整えることで液なじみをコントロールし、操作時間を延長することができました。また25°C以下の室温なら、冷却しなくても十分な操作時間が確保できます。「混和セット」に組み込まれています。
10.混和ラジオペーク
粉末の粒径を整えることで液なじみをコントロールし、操作時間を延長することができました。また25°C以下の室温なら、冷却しなくても十分な操作時間が確保できます。更にX線造影性の添加物を配合しています。「混和セット」に組み込まれています。
後処理
接着体の後処理
スーパーボンドの硬化時間は37°Cの筆積法で5~6分、混和法では標準粉/液比で7~9分ですが、モノマー液/キャタリスト比および粉/液比が低いと硬化が遅くなります。硬化が不完全な時点で接着面をずらしてしまうと、初期の接着強さが得られませんので、接着操作終了後は動かさないように保持してください。
矯正治療では、ブラケットを装着してから通常約10分経過後にはアーチワイヤーがかけられます。混和法で補綴物を装着した場合、10~15分保持すれば、次の操作に移れますが、装着当日は固いものを噛まないように指示してください。
スーパーボンドは接着強度が高く、粘り気のある固まり方をしますので、余剰レジンを固めてしまうと、余剰部分の除去に苦労されることになります。
余剰セメント除去に便利なツール
スーパーボンド セップの操作手順
使用器具の後処理
スーパーボンドを使用した後のダッペンディッシュ(陶器)、筆等の器具類はそのまま放置すると、残ったスーパーボンドが硬化して、除去が困難になります。使用した器具類は使用後、完全硬化する前に洗浄、清掃するように心掛けてください。
a.ダッペンディッシュ(陶器)
使用後直ちにティッシュペーパー、ガーゼなどで硬化前の残余レジンを拭き取ってください。硬化させた場合は、「筆洗い液」で洗うか、一晩水に浸けておくと除去が容易になります。
b.筆
スーパーボンドの筆は、衛生面および操作の簡便さから、使用後使い捨ての「ディスポチップ」となっております。
その他の使い捨てでない筆を使用した場合は、使用後の筆先に残ったレジンを直ちにガーゼなどで拭き取ってください。その後すぐに「筆洗い液」で洗浄することで、容易にきれいにすることができます。毛先は揃えて保管してください。
放置して、固まってしまった筆は、「筆洗い液」にしばらく浸漬し、レジンを膨潤、軟化させてから、清掃してください。